生きるエネルギーがない

一人で生まれ一人で死ぬ

すべての人が孤独なのだという説は、もっともなことだと思います。

けれども、現在、孤独を感じられている方の心に、そのような正論は届かないかもしれません。

どうすれば一人でいる寂しさから解放されるのか、今も必死に探されているでしょう。

プロフィールで触れましたが、私はかつて、強制的に人生を終わらせようと本気で考えました。

苦しみの中でも、誰ひとり頼れる存在がいないという孤独に耐えられなかったからです。

今回は、そのときの私がどのように孤独と向き合ったのか。

また、孤独の先に見つけたものは何だったのか。

少しだけお話しします。

あなたの孤独が完全に癒されるとは思いませんが、僅かながらでも参考になれば幸いです。

Point

◆ 孤独の本質

◆ 付き合いとお付き合いの違い

◆ ネガティブを愛する

 ※この記事は4分で読み終えられます

誰といても寂しい

一人でいることが辛いのは、「そばにいてくれる人が誰もいないから」と思うかもしれません。

ならば、友達や恋人など、誰かと一緒にいれば、孤独がなくなるかというと、残念ながらそうではないのです。

孤独を感じる方は、誰といても寂しいし、どこへいっても寂しいのです。

むしろ、誰かといるのに疎外感を覚える方が、辛い気持ちを増幅させることになります。

孤独を感じるのは、友達がいないからでも、物理的に一人だからでもなく、心が渇いている ことが原因です

愛されたいという気持ち が強くなっているのです。

苦しいでしょうが、このようなときだからこそ、あえて「一人でいる」ことをおすすめします。

なぜなら、あなたが自分を愛するための学びを得る、チャンスだからです。

現在は結果

宇宙には、自分が与えたものが返ってくる因果の法則があります。

少し厳しいことを言いますが、孤独を感じる今の状態は「結果」です。

つまり、自分が過去の人間関係で放ったものが、そのまま返っただけなのです。

友達がいないと感じるのは、そのような状態になることを、これまでにしてきたということです。

転じていえば、今次第で、孤独を感じない未来が訪れることにもなります。

そのためには、これまでどのような人間関係を築いてきたのか、見つめる必要があるのです。

自分は、「付き合い」をしてきたのか、それとも「お付き合い」をしてきたのか。

付き合うとは

付き合うという言葉は、角をもつ動物同士が「突き合う」という表現から生まれたと言われています。

突き合うとは、激しく闘うこと。

お互いが「真剣」である様子がうかがえますね。

つまり、心を開いて相手と真剣に向き合う ことなのです。

それに対して、「お付き合い」は、丁寧な接頭辞「お」がつくことから、儀礼的であり 距離を置いた表面的な関係 です。

これは、一方が正しく、他方が誤りという話ではありません。

すべての人と心を開いた付き合いは必要はありませんし、社会の中では、お付き合いが妥当なときもあります。

ただし、人が孤独を感じるのは、心を開いて接する相手がいないとき。

その場合は、過去の人間関係を振り返り、お付き合い「だけ」になっていなかったか見つめてみて下さい。

私の人間関係は、すべてお付き合いでした。

表面上はうまく合わせていましたが、本音で話せる人は一人もいなかったのです。

それは、他人に心を開くことをずっと避けてきたからだと気づきました。

根底にあったのは、「拒絶への恐怖」です。

自分を出せない理由

私は、自分らしく振る舞うと、相手から好かれないのではないかと怯えていました。

それは、自分の中にあるネガティブな性質を、自分自身が受け容れられなかったからです。

本来はポジティブもネガティブもないのですが、周囲に評価されなかった経験を得ると、その行為は「よくないこと」として封印 しようとする心の働きがあります。

このように、自分が自分を拒絶すると、相手も自分を拒絶すると思う ため、闇を受け容れないことには、先へ進めません。

苦しい時間でしたが、私はひたすら自分の中にあるネガティブと向き合い続けました。

並行して、自分を愛することも大切にしました。

そして、少しずつ自分の弱さや愚かさ、醜さを愛せるようになったのです。

「これも含めて私なのだ」と。

この作業はいまだ行っていますし、おそらく命を終えるまで続くことになると思います。

なぜなら、この世に生きているのは、闇の中にある光・光の中にある闇に気づくためだからです。

拒む自由

あなたには、合わないと感じる人はいませんか?

私にはいます。

自分が「この人合わないな」と思うように、他人も「この人合わないな」と思うのです。

そして、それでいいのです。

受け容れることも、拒むこともすべて個人の自由

自分の闇を受け容れていくと、自然と他人にも寛容になりますが、それは「みんな同じだね」と思えるからでしょう。

なお、宇宙にはたらく「陰陽の法則」により、一つの要素と対の要素は同時に存在します。

あなたと合わないと思う人がいるなら、あなたと合うと思う人もいます。

あなたを拒む人がいるなら、あなたを受け容れる人もいるのです。

万人に好かれないのと同じで、万人に嫌われることはありません。

最後に・・・

寂しさを味わい、孤独と向き合うことは、私にとって必要な学びでした。

一人にならなければ、自分の闇や過去の人間関係に気づけなかったからです。

孤独の先にあるものは何か。

私は、「人とちゃんと付き合いたい」という気持ちの変化だと答えます。

この気持ちは、ネガティブを受け容れる過程で芽生えました。

でも、これはあくまで結果論。

乗り越えることができた今だから、冷静に振り返られることです。

あの時、はじめて抱いた人生に対する「絶望」の感覚は、未だ忘れられません。

忘れられないから、今を大切に生きるのかもしれませんね。

一人が辛いとき、誰かがそばにいてさえくれれば安らげると信じていました。

しかし、集団の中にいても、誰一人としてわかり合えない寂しさ。

結果、さらに疎外感を強めただけでした。

孤独を感じているときは、誰かに助けてほしいという「依存」が生まれています。

心の渇きを満たす役割を、他人に求めるのです。

ところが、自分が愛せない姿を他人が愛せるはずもなく、私が求めている愛を、誰かが与えてくれることはありませんでした。

心の渇きを満たせるのは自分だけ

心の深い部分は、それを知っていたのです。

私は、孤独を「楽しい」とは言えません。

言えるのは、「辛い」けれど「成長できる」ということだけです。

孤独の先に何があるのかは、そこに到達できた人だけにしかわからないもの。

そして、そこに進まれるか否かは、あなたが自由に決められます。

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