他人に振り回されると感じる

他人の顔色をうかがって、本心とは裏腹の行動をしてしまう。

そのあとで、自分らしくない行動をしてしまったと、自己嫌悪に陥る。

他人に振り回されると感じる方は、このような気持ちなのかもしれませんね。

振り回されるパターンは、2つ考えられます。

  1. 振り回す意図をもった相手に、うまく巻き込まれてしまう
  2. 自分が一方的に反応して、相手の思惑どおりの選択をしてしまう

1は、相手がテクニックを備えていることがあるため、不可抗力と言える面もあります。

それに対して2は、そうすることを自分で選んでいますので、自分次第で変えることができます。

拝見すると、他人に振り回されると感じている方は、2のパターンに多いようでした。

今回は、相手に対する一方的な反応から、望まない選択をしてしまう方に向けています。

具体的には、「他人に振り回されている」と感じなくなる方法 について触れました。

Point

◆ 振り回されると感じる理由

◆ 選択のメリットに気づく方法

◆ 迂回が必要なとき

 ※この記事は3分で読み終えられます

自分で選択したと自覚する

他人に振り回されると思うのは、「自分」より「他人」を優先した と感じることが原因です。

人は皆、自分が一番大切ですし、自分を優先することが自己に対する「誠意」だと考えます。

これを重ねると、自信や自己肯定感が強化されていくのですね。

ところが、他人を優先したと考えると、自分を粗末にしてしまったという思いになります。

そこに、罪悪感や嫌悪感をいだくのです。

他人に振り回されると感じないためには、「自分が望んでそれを選んだ」と自覚する こと。

誰かによって「やらされた」と感じていることも、実際には、無理矢理なことではなく、承諾したうえでの結果です。

それは、そうすることによって受けられるメリットを、潜在意識がキャッチしたからでしょう。

選択には、必ずメリットがあるのです。

人は、「快の獲得」「不快の回避」いずれかに動機づけされて行動します。

どちらも自分にとってメリットですね。

ただし、そのことに気づかれていない方がいるように思います。

メリットに気づく

ここでは、例を2つ挙げながら、メリットに気づく方法をお伝えします。

ひとつの考え方としてご参考ください。

  • 職場で関わる苦手な人
  • 付き合いたくないママ友

ケース1 職場で関わる苦手な人

山の天気より激しく変わる先輩の気分
そのたびに気を使い嫌になる

職場は、物理的に距離を置きにくい環境。

苦手な人と頻繁に関わる方には、苦痛の極みですね。

フリーダムな先輩にビクビクする自分。

相手の気分に合わせて自分を調整することに、振り回されていると感じるのでしょう。

この場合は、本来の目的に目を向けられてはいかがでしょうか。

仕事の目的は、任された務めを果たして、報酬をいただくことですね。

仕事はチームワークのため、周囲との関係はそのまま、仕事のパフォーマンスに影響します。

パフォーマンスを高めることは、提供する商品やサービスの質を、上げることにつながります。

それは社会貢献と同じであり、周囲からも評価・信頼を集めることになるでしょう。

たとえ、目に見える評価を得られなくても、因果の法則によって何らかの形で返ってきます。

「自分のために、苦手な先輩と波風を立てない選択をした」

このように考えると、先輩に振り回されたことにはなりません。

ケース2 付き合いたくないママ友

娘が通う幼稚園のママ友はウワサが大好き
陰口を言われるか怖くて、我慢して付き合う

離れたいけれど、無理にママ友との付き合いを続ける方は多いようですね。

ママ友関係は、お子さんを通して築かれた関係。

当人同士の問題では済まされないところが、難しいかもしれません。

「意思の弱さ」をクローズアップすると、他人の影響を受ける自分を恥ずかしい、情けないと思ってしまいがちです。

ママ友と付き合うのは、かわいいお子さんの為ではないでしょうか。

「いいえ、自分が嫌な思いをしたくないからです」

ママが嫌な思いをせずにいられるなら、家族にとっては幸せなことですね。

落ち込んだり、元気のない姿を見たら、お子さんやご主人が心配されますから。

「母として子どもを守り、家族に笑顔を見せ続けるため、私はママ友と付き合っている」

個人ではなく、 役割者(母・妻)としての責任を果たすため、その選択をしたのです。

ご自分に、どうぞ誇りをもって下さい。

その人たちとの関わりによって、気づきを得られたり、成長を感じられることもあります。

それらもすべてメリットですよ。

発展した形として、苦手な相手を「許す」という道もあります。

その内容は、こちらでご紹介しました。

迂回が必要な時もある

自分の望みどおり進むことが、必ずしも「自分らしさ」であるとは言えません。

なぜなら、私たちは「個人」であると同時に、「社会の成員」でもある からです。

社会という多様な価値観の中で生きるには、時として直進ではなく、迂回が必要な場面があります。

これは、抑圧とは異なるものです。

直進しようとした道が工事中である場合、無理な突破はできません。

けれど、迂回すれば向こう側にいけますね。

これが 柔軟性 です。

他人に振り回されると感じる方は、「直進できなかった」ことにこだわっているのではないでしょうか。

それよりも、「進みたい先にいけた」ことにフォーカスしましょう。

意思に反したと思った行動でも、結果的に事がスムーズに運んだことはありませんか?

そのような姿を「賢明だった」と肯定的にとらえるか、あるいは「自分らしくなかった」と否定的に見るかによって、自己評価は変化します。

ちなみに、この世の摂理で考えれば、どのような選択であれ、自分が決めた道はすべて「正解」なんですよ。

まとめ

嫌われることを怖れず、自分の意思を貫けばいい。

それは、とても大切なことです。

しかし、社会の中では、そうも言っていられない場面が多々あります。

職場や学校、地域など、長期にわたり属するコミュニティでは、身動きがとれませんね。

そこでの人間関係は、日常に影響します。

ママ友や職場の同僚は、簡単に切れない関係といえるでしょう。

その人たちと無理して付き合うことは、確かに自分らしくないと感じるかもしれません。

それは、渋々その状況を受け入れている、「受け身」の姿勢だからなんですね。

つまり、他人にコントロールされているような気分 になるのです。

実際には、メリットを得るために、自ら能動的に選択した結果です。

どんなときも「これは私が選んだことだ」と考え、隠れているメリットにも目を向けて下さい。

出来事は、視点を変えるだけで別の世界になります。

他人に振り回された世界、自分で選んだ世界、どちらもあなたが決められるのです。

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