許せない気持ち

許せない気持ちとの関わり方について、過去記事では、以下の流れにそって整理できるようにしました。

本心では「許したい」のか「許したくない」のか明らかにする

許したくないなら、許さなくてもいい許可を与える

許したいのに、許せないのは怒りの裏側に「何か」がある

許さないことで守っている何かを、はっきりさせる

今回は、守っている「何か」に気づいた方に対する、続きの内容となります。

そのため、先に許せない気持ち【2】をご覧いただくと、理解がスムーズになると思います。

以前に説明したプロセスでいうと、この段階は、「許せるかも」になります。

ひとつ補足ですが、困難や苦悩から立ち上がろう(前に進もう)とするときは、傷を癒すことから始めるのが鉄則 です。

傷は、癒されるために滞在し続けています。

その傷が癒されるから、次のステップに進もうとするエネルギーも湧くのです。

感情は、気づいて(感じて)もらうために生まれます。

傷を癒すとは、置き去りにされたままの感情を、しっかり味わう という意味です。

「不安」「悲しみ」「怒り」「恥」・・・

さまざまな感情をともなう傷を、そのまま温かく包んでください。

Point

◆ 未完了の思いを伝える方法

◆ 事例にみる変容プロセス

 ※この記事は3分で読み終えられます

思いを伝える方法

癒しの後に行うのが、抑圧された思いの解放と他者理解。

ご紹介するのは、エンプティ・チェア(空の椅子)と呼ばれる、ゲシュタルト療法の代表的な技法です。

ゲシュタルトとは、「全体性」を意味するドイツ語。

心理学においては、「全体は、部分の総和以上の意味をもつ」と考える学派です。

その視点を生かして誕生した心理療法が、ゲシュタルト療法です。

詳しくは、以下の書籍をご覧下さい。

気づきのセラピー はじめてのゲシュタルト療法(百武正嗣著)

具体的な方法は、以下のとおりです。

  1. 椅子を2脚(クッションでもOK)用意し、一方に自分が座る
  2. 空いている椅子に、相手が座っているとイメージして、言いたいことを伝える
  3. 相手の椅子に移動し、「相手として」あなたの思いに返答する
  4. 2~3を繰り返す

2.では、ドロドロした思いも全部出し切るようにします。

心の解放とは、留まっていた感情を流すこと です。

強い怒りを抑えていたなら、暴言となることもあるでしょうが、構いません。

その中で、新たな未完の欲求や思いに気づくこともあります。

これは、一人で行えるワークですが、トラウマなど心理的負荷のかかる記憶は、混乱をきたすことも考えられます。

そのため、臨床経験のあるサイコセラピストに介入してもらう方が安全でしょう。

カウンセリングを受ける際の注意点は、こちらにまとめました。

私が許せない気持ちを抱いた人

参考までに、私の経験をお話ししたいと思います。

私には、長らく許せずにいた男性がいました。

一方的に好意を持たれ、一方的に失望され、最後は全否定のような言葉を放った人。

その豹変ぶりに驚いた私は、何も反論できないまま、否定のシャワーを浴び続けたのです。

彼には、ペースを乱されることが多々あり、ストレスを感じていました。

本来なら、「これで落ち着ける」と安心できるはず。

ところが、事あるごとにその場面が浮かび、怒りに震えたり涙が溢れたりと、複雑な感情が湧くのです。

それが何年も続きましたので、ほんとうに苦しかったです。

【2】の流れで、怒りの奥を掘り下げてみると、行き着いた先にいたのは「父」でした。

私の言い分にはまったく耳を貸さず、一方的に非難する父の姿を、彼に投影していたのです。

相手の心を体験する

エンプティ・チェアによって、彼と父に対し、私は自分の思いを全て伝えました。

始めは、冷静に話していましたが、次第に悔しさが込み上げ、ここに書けないほど酷い言葉で罵っていました。

そのようにして、怒りと悲しみのエネルギーを発散した結果、驚くほどスッキリしたのを覚えています。

次に、相手側の椅子に座り、向かいにいる私に言葉を伝えました。

真っ先に出たのは、私の「思いを汲み取る言葉」と「詫び」でした。

これは、私が相手に言って欲しかった言葉(未完了の欲求) です。

すると、続けて「そうならざるを得なかった、相手の怖れや悲しみ」まで感じ取ったのです。

「二人とも、自分の心の欠乏を満たそうと、必死だった・・・」

そして、相手も自分の「何か」を、私に投影していた と気づいたのです。

最後に・・・

完全に「許した」段階に至るのは、相手も自分と同じだと理解できたとき です。

しかし、自分の感情を解放しないまま、相手を理解しなさいといわれても無理な話。

抑圧している自身の感情を、自由に解き放つのが先です。

それによって、相手を受け止める「器」ができます。

私が、許せない気持ちから解放されたと感じられたのは、このプロセスを経た頃でしょうか。

今では、当時を思い出しても、全く気にならなくなりました。

理解するうえで、相手を「好きになる」必要はありません 

相手も自分と同じように迷い、苦しみながら生きていると「認める」だけです。

その感覚を得られたとき、おそらく、こちらの内容を理解できると思います。

許すとは、決して簡単なことではありません。

けれども、ただ「感情」にまかせるのではなく、客観視する「理性」を持つこと。

落ち着いて一つずつ見つめることによって、複雑に絡まれていた糸が解かれ始めます。

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